日々の泡

読んだマンガの感想をひたすら綴るブログ。

【ちょっぴり泣きたい夜に】真面目で不器用なあなたに寄り添う「余命¥20,000,000-」感想

 

 スマートフォンを使っていつでもどこでも誰とでも、簡単に連絡が取れる時代に生きているわたしたち。時々人とのつながりが苦しくなって、自分の殻にこもった生き方がうらやましくなることがあります。そんなときはこのマンガを手に取ってひと休みしてみるのはどうでしょうか?荒んだ心にそっと寄り添ってくれる優しさが込められています。

 

今回ご紹介するのは草野佑さんの「余命¥20,000,000-」という作品です。帯には

ソーシャルスキル重視の世の中に、一石を投ずる(?)問題作!!

 

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あらすじ

「私はもういいんだ」
自然消滅を願い、人に会うのも、働くのも拒否してきた草間さん。
「ちゃんと人と関わって生きていかないと」
失業青年・宇奈月くんは、ハロワ通いの合間に草間さんちを訪れるが!?
残金が0円になったとき、奇跡が起こり、くじで2千万円が大当たり!!
「とりあえず 2千万円なくなるまで生きていようかなって」
ゆるやかに消滅に向かう暮らしがスタート!!

 

登場人物

 

草間さん 

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(「余命¥20,000,000-」p12、鳥葬を願う草間さん)

 

無職の引きこもり女性(?)。素性は不明、人ぎらいで怠けもの。口癖は「消滅したい」。宇奈月と出会った当初は余命348円でしたが、宝くじで当てた2千万円と内職で貯めたお金で細々と計画的に暮らしています。

 

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(「余命¥20,000,000-」p148、宇奈月くんのうまくいかない転職活動) 

 

宇奈月くん

前職はパワハラにあって辞めてしまい、職探しにハロワに通う日々を送っています。社会への恐怖を抱え、いつでも不安な失業青年。真面目で要領が悪く、自分に自信が持てなくてネガティブな性格です。 

 

草間さんと宇奈月くんの不思議な交流

草間さんはなるべく人と関わらず、小さくて狭い世界で一人生きています。宇奈月くんは草間さんの生活を、「調和の取れた自己完結の世界」と表現しています。彼女の生き方は「まっとう」ではないかもしれませんが、お金がつきない限り誰にも束縛されませんし、何をするにも自分のペースです。

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 (「余命¥20,000,000-」p86、草間さんの世界)

 

一方、宇奈月くんは「ちゃんとした仕事に就かなければ、もっときちんとした人間にならなければ、社会から必要とされなくなる」という強迫観念に追い詰められています。両親から、職場の同僚からの期待に応えられないジレンマに悩み、同級生や隣人、世間サマからの視線を過剰なほど気にしています。なりたい自分になれなくて苦しむ彼の姿はカッコ悪くて情けなくて、悲しいほどリアリティがあります。

 

そんな宇奈月くんはつらいことがあって、どうしても立ち上がることができそうもないとき、草間さんの家を訪ねて彼女の姿を見に行きます。草間さんはあからさまに慰めの言葉をくれたり、建設的なアドバイスをしてくれるわけではないけれど、古い一軒家に草間さんがいて、彼女が楽しそうにしているところを見るだけで、宇奈月くんはなんだかほっと息をつけるのです。

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(「余命¥20,000,000-」p154)

 

ふたりの関係性と作品のスタンス

 

草間くんと宇奈月くんは彼女と彼氏でも、友人でも家族でもありません。ふたりは相手の心に踏み込まず、一定の距離を置いたまま、たがいに心地いいと思える不思議な関係を築いていきます。通常の展開であれば、草間さんは宇奈月くんを励ますだろうし、宇奈月くんは草間さんを「社会復帰」させようとがんばるかもしれません。けれどこの作品はきっとそのような道筋を好まないような気がします。


宇奈月くんが社会にもまれながら自分を変えたいともがいている姿と、草間さんが社会から疎外されたところでなんとか死なずにいようとする姿、どちらも許容している中立的な作品のスタンスがとても印象的です。ふたりの生き方に対して正しい、間違っているという判断を下すことは、読者に投げてくれているのではないかと思います。

 

最後に

 

後ろ向きの内容ながら、絵柄と細い描線の影響でほのぼのした雰囲気が漂っています。そのためテーマの割に重さがなく、すらすらと読み進めることができるところが良いです。はたらき方や生き方について、少し立ち止まって考えさせられる作品です。

不器用に生きるすべての人たちに向けたやわらかいエールを感じました。押し付けがましくないやさしさで読者を包んでくれるはず。なんだか眠れないという夜に、お手に取ってみてはいかがでしょうか。

 

 

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