日々の泡

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【心をえぐるラストシーン】小さくなった僕の彼女「南くんの恋人」感想

今回ご紹介するのは内田春菊さんの「南くんの恋人」です。本作は何度も映像化されており、現在第4期のドラマがフジテレビにて放送中です。ずっと読みたかった原作の感想をネタバレ込みで綴ります。(原作と映像作品は別作品ではないか?というくらいのズレは生じていると思います、読まれる際は個人のご判断でお願いします

 

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あらすじ

高校生のちよみの身体が、ある日突然小さくなってしまった。原因はまったく不明だ。恋人の南くんとの不思議な同棲の様子を淡々と、しかし、切なく甘く描く内田春菊初期の代表作。発表当時、ラスト・シーンが喧々囂々の話題となったこの作品は、時代を超越し、いまなお、マンガ史上に輝く傑作恋愛作品といえる。

 

変化していくちよみと南くんの関係性

ちよみがなぜ小さくなったのか、その理由は誰にもわからないまま物語は進んでいきます。小さくなったちよみは恋人の南くんの家に居候中。食べ物を用意してもらい、服をつくってもらい、お風呂やトイレの処理まで世話してもらうちよみ。本来なら女子高生の彼女は、南くんなしでは生きていけません。ごくふつうの「彼女」と「彼氏」だったふたりは、まるでご主人様とペットのような、歪すぎる関係に変化していきます。

 

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(「南くんの恋人」、p83)

 

男子高校生の性欲

南くんは健康な男子高校生、持て余す性欲のはけ口がちよみではいけません。彼女はドールのような姿で、倒錯的な熱情を抱くことがあってもそれを「実践」することはできないからです。そのストレスで南くんはつい同い年の妖艶なクラスメイトのことが気になってしまい、いつ浮気してもおかしくない状態に。

 

だけどちよみには南くんしかいません、彼女の世界は「南くん」だけなのです。そんなちよみをかわいそうに思うと同時に、愛しく思う南くん。そうだ、たとえこのままセックスできなくても、大事な彼女であることには変わりがない。憐憫と愛情と性欲の間で、南くんの感情はゆらゆら揺れ動くのです。

 

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(「南くんの恋人」、p55)

 

誰にも知られてはいけない彼女の「秘密」

小さくなったちよみの姿を他人に見られてしまうことは許されません。ちよみが研究対象にされてしまうと、ふたりは一緒にいられなくなってしまうからです。しかしちよみの姿が周囲からひた隠しにされてしまった結果、ふたりはどんどん社会から疎外されていくことになります。まだ高校生のふたりの抱えた秘密は大きすぎるのに、誰にも悩みや葛藤を話すことができないし、手を伸ばすことのできる相手はたったの一人もいないという、そんなおそろしい閉鎖的状況に反したほのぼのとかわいい絵柄はかなり不気味です。

 

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(「南くんの恋人」、p162)

 

そしてきっとこのラストしか物語を飾れない

唐突な「ちよみ」の死によって物語は終結します。ふたりで旅行に行った帰り道、車に轢かれそうになって崖から落ちてしまう南くん。ポケットに入れたちよみはその時の衝撃であまりにもあっけなく死んでしまいます。

 

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(「南くんの恋人」、p187)

 

彼女の残した言葉は「おうちにかえりたい」、ただそれだけ。彼女の死は両親にすら伝えることができないのに、南くんはこれからたった一人で生きていかなければならないのです。心理的に共依存状態にあったふたり、ちよみに取り残された南くんの心情を思うと胸が張り裂けそうになります。

 

最後に

 

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南くんとちよみは完璧ではありません。まるで生きている人間のように、善と悪の間を振り子のように行き来します。彼らの行動や感情の変化に日常と地続きのリアルがあるからこそ、このラストはただただ切なさがこみ上げます。しかし同時に、この終結の方法にひどく納得したのは、ちよみと南くんの関係に、このラストシーンはあまりに似合いすぎたからです。対等でいられないふたりは、いつまでも均衡を保つことができません。ちよみは一人では生きていけない。けれどまた、ちよみを失わないことには、南くんの未来はあり得なかったでしょう。

 

内田春菊という作家は、行ったり来たりして徐々にバランスを崩していくごくありきたりな恋愛の話を、どうしてこんなに切なく描けるんだろうと思いました。間違いなく傑作。エモーショナルを爆発させたい方、ぜひ読んでみてください。

 

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