日々の泡

読んだマンガの感想をひたすら綴るブログ。

心ひりつくガール・ミーツ・ガール「さよならガールフレンド」感想

 

田舎の「閉塞感」は、経験したことのある人にしか中々わかってもらえないと思います。わたしがかつて住んでいたのは電車が1時間に1本だけの不便な場所でした。仕事といえば工場や土木、いくつかあるスーパーのレジ作業くらいしかない。

田舎を離れるまでは、あの土地の魅力に気づくことができませんでした。センチ単位で測られるスカート丈、無駄に広いドラッグストアや、メジャーどころばかり陳列したつまらない本屋が嫌いでした。毎日を憎んでいた高校生のわたしは早くこの土地を出て、くだらない親の愚痴ばかり聞かされる生活から逃げることばかり考えていたような気がします。

 

今回ご紹介するのは、高野雀さんの「さよならガールフレンド」。田舎町を舞台にしたガール・ミーツ・ガール作品である表題作を読んで、「あの頃」感じていた切実な苦しさが、リアルに蘇ってきました。苦くて痛くて懐かしい青春を描いた作品を集めた短編集です。

 

f:id:hotori1116:20151213140312j:plain

 

「わたしが男子だったら 先輩とは絶対にやりません」

そうして何もできずに ひっそりと側にいる 

 

・「さよならガールフレンド」

作品の舞台は田舎の狭い町、ねっとりとした暑い空気の漂う夏。高校三年生の滝本ちほはこの町の何もかもが嫌いだった。彼氏の高岡くんは「ちほがさせてくれないから」なんてよく分からない理由で、町でうわさの「ビッチ先輩」と一晩の浮気をした。近所のコンビニで働いていた「ビッチ先輩」は変わっているけどやさしい人で、彼氏と一緒にいるより心地いい。ちほとビッチ先輩は不思議な交流を深めていくー。

 

現実から逃げられず、未来に希望なんてなかったけれど、先輩と一緒にいるといつもより楽しい。ちほにとって先輩は、息苦しくて狭い世界を、少しだけ変えて見せてくれる存在でした。

 ちほは東京の大学に合格し、住み慣れた田舎を出ていきます。今までの思い出と、ちほのように田舎を出ていくことができない先輩を置いて。飛行機の中で先輩から届いたメールを見たちほは、先輩に抱いていた特別な感情を自覚します。

 

ちほとビッチ先輩は、きっとこの先もう交わることがないんだろうなと、なんとなくそんな気がします。

どこまでも付きまとってくるような怠くてうっとおしいような雰囲気が作中に漂っています。工場の煙や先輩のタバコのにおいまで想像できるのは、やはり稀有な作品です。思春期の少女のどうにもできない現実を、ひりつくような痛みを交えてフラットに描いた1編。

 

・面影サンセット

年を重ねていく自分とくたびれていく彼氏。どんどん時間は過ぎていくのに、わたしたちの生活はちっとも変わらない。

・わたしのニュータウン

昔からの友達が彼氏の転勤で遠くに行ってしまう。それだけのことなのに、なぜかとても胸が苦しくてー。

・まぼろしチアノーゼ

「女の子」になれない女性が、「女の子」のジレンマを目の当たりにする話。クズな男の人に振り回されて傷つくのなんてやめなよ、といいたくなります。

 

まとめ

紹介した他に2編の短編が収録されている短編集。どの作品もハッピーエンドもバッドエンドもない、私たちのリアルと地続きの話です。

高野雀さんは本作がデビュー作とのことですが、とても新人作家の書いたものとは思えません。温度の低い絵柄とシャープな切り口が魅力です。これからの活躍が期待される、新鋭女性作家の一人ではないかと思います。

 

www.amazon.co.jp

 

飛び抜けたセンスを感じられる構成に嘆息「透明人間の恋」感想

 今回紹介するのは、安藤ゆきさんの短編集「透明人間の恋」(マーガレットコミックス)です。おしゃれな表紙に惹かれてなんとなく買ってみたのですが、作者さんの他の作品もぜひ読んでみたいと思いました。

 

f:id:hotori1116:20151213140250j:plain

  

私は透明人間

昔から存在感がうすくて

それが私の普通だって思ってた 

 

あらすじ&感想 

・そこは注文の多い料理店

主人公の行きつけのレストランには意地悪な料理人がいる。彼はいつも主人公の注文に、「肉に白ワインなんかありえない」「そのチョイスは良くない」などとチクチク言葉をかけてきてー。鉛筆のような線で描かれた画面が味のある作風です。

 

・透明人間の恋

見かけを気にしない、地味な女の子が生まれて初めての告白。返ってきた言葉は「あんた、鏡みたことあんの?」というキツーイ言葉。久しぶりに鏡をみてみると、眉毛はつながり、うっすらとヒゲのある自分の顔!そんな自分を変えようと、一念発起するけれどー。

誰からも気づかれない空気のような存在だった主人公のことを、唯一気にして声をかけてくれた男の子。はっきりした性格で言葉はきついけど、そりゃ好きになっちゃうよなーと思いました。女の子の笑った顔はやっぱり何よりも素敵です。

 

マトリョーシカ

仁那と遊理は小学生の頃から幼馴染の腐れ縁の親友同士。10歳の頃、仁那がマトリョーシカに忍ばせたメッセージに遊理は気づいてくれなくてー。ふたりの絶妙な距離感がもどかしくもあり切なくもある作品。

関係が近すぎるがゆえに、自分の本当の気持ちになかなか気づけない遊理に、この鈍感!と声をかけたくなる。遊理にもらったピアスをずっと大切につけている遊理の一途さがかわいいです。

 

・勝手な2人

付き合っていた彼氏に振られたハルは楽天的な性格。彼女が知り合ったのはむすっとブスっとしてるけど本当は心優しい要くん。他人に気を遣うあまり、いつも本当の自分を隠してしまう彼にハルはー?

正反対に近いけど、ある共通の部分が存在するふたりが、少しずつ心の距離を縮めていく様を描いています。

 

drops.

よくよく読み返すと登場人物のつながりが見える凝った構成になっている4編。

オムニバス形式の短編で伏線回収のされるものは数多く存在しますが、本作品は別格です。キーワードは雨と傘、それにまつわるトラブルやハプニングで人とのつながりが生まれていくところがおもしろく、一番のお気に入りになりました。

 

まとめ

すべての物語に心揺さぶられるところがある、すてきな短編集です。特に良かったのが最終編の「drops.」、登場人物の言葉やキーワードをリンクさせて物語をつなげるそのセンスに惚れ惚れします。他の作品も読んでみたいと思わせる力のある作者だと思います。

 

www.amazon.co.jp

女の子同士の友情をまじめにまっすぐ描いた良作「友だちの話」感想

「友だち」という状態を持続させるのは難しい。高校生や大学生のときはいっしょの時間を過ごしていたとしても、恋愛や結婚などのきっかけがあるとなんとなく疎遠になってしまう。だからこそ、わたしは「ずっと友だち」という言葉に憧れを抱き続けているんだと思います。

  

f:id:hotori1116:20151206155843j:plain

 

これだけ仲いい友達だって

彼氏つくるのと同じくらい

ムズかしいと思うよ

 

今回取り上げるのは 山川あいじ×河原和音の「友だちの話」。地味子の「英子」とギャルの「もえ」、性格も好きなものも全然似ていないのに、いっしょにいると不思議と心地いい。そんなふたりの女の子の固い絆でむすばれた友情を丁寧に描いた作品です。 

 

あらすじ 

地味な外見で弱気な性格の英子と、誰もが振り返る美少女で強気な性格のもえ。何もかも真逆ともいえるほど違うふたりは、仲良しの友人同士。

外見が良いもえに言い寄ってくる男子は多いのですが、もえは英子のことが大好き。「自分よりも英子を大切にしてくれる」人でないと付き合えない、ときっぱり言い放ちます。その結果、多くの男子はあっさり引いていくのですが…。

もえの出した無茶な条件を満たせるよ、と言う優しいイケメン「土田」がふたりの前に現れて…?

一人の男子が間に入ったことによって変化していく、もえと英子の関係性。ふたりの感情の揺れ動きや心情の変化が、登場人物の視点を変えて繊細に描かれています。

 

 もえと英子

思ったことをはっきり口にするもえの性格を知ると、人々は身勝手に離れていきます。誰かに期待して傷付けられるのを恐れ、他人に壁をつくっていたもえの心に飛び込んできたのは英子だけ。もえは英子のことを誰より大切に思うようになりました。

一方、やさしくて自己主張が苦手な英子は、もえのはっきりした性格を羨ましく思っていました。嫌なことははっきり断れるもえに対して、英子は「もえのそういうとこいいな」と声をかけるのでした。

彼女たちは全然違うからこそ、足りないところを埋めあえるし、互いを尊敬し合えるのかもしれません。

 

まとめ

繊細なタッチで描写される、登場人物の感情の機微。視点を変えて語られる物語の構成、要所要所に差し込まれたモノローグに心を動かされる良作です。

彼女たちの近くて重めの関係を「依存」といって切り捨てることは簡単かもしれません。しかし、ある種の人々にとっては、「この感覚知ってる」という懐かしいセンチメンタルを感じさせる作品ではないだろうかと思います。

 

www.amazon.co.jp

【恋愛残酷物語】快楽に忠実な少女と純情少年の恋模様「あそびあい」感想

 この人とわたしは「価値観が違う」んだ、 些細なことから一瞬にしてそう感じてしまい、相手と無意識に距離を置いてしまったこととを思い出します。

今回取り上げるのは新田章の「あそびあい」。いろんな人と関係を持ってしまう「ビッチ」な女の子に恋をしてしまった「フツメン」の男子高校生の異色な恋愛模様を描いています。

 

読んでいる最中、銀杏BOYZというバンドのとある曲のメロディが頭に響いていました。どうにもならない類の残酷な切なさが作品中に漂う青春物語です。

 

f:id:hotori1116:20151206152755j:plain

 

好きな人に一筋で、付き合ってる人としかHしないのが“正しい”のか。
好きでもない異性とも、「気持ちいいから」Hするのは“間違っている”のか。
世界共通の病・“恋愛”をえぐる革命的作品!

 

あらすじ 

主な登場人物はふたり。ヒロインの「ヨーコ」は、黒髪ボブカットの地味目な女子高生。貧乏な家庭で育ったため、「もったいない」が口癖でモノを捨てることができません。恋愛に関しても同様に、言い寄ってくる人を手放したくなくて、罪悪感なしに複数の人と関係を持っています。

そんな変わった恋愛観をもつヨーコに恋をしてしまった真面目な童貞男子校生の「山下」は、「彼はいろんな人とHしちゃう」ヨーコの天然魔性っぷりにふりまわされていくことに。

一般的にはなかなか受け入れられそうにない、ヨーコの素直で奔放な考え方が純情な山下を悩ませていきます。ふたりの価値観のぶつかり合いを目にすることで、読者であるわたしたちは善と悪の境目が曖昧になっていく感覚があるかもしれません。

 

まとめ

突飛なテーマですが根底にあるのは自分以外の「他人」とどう向き合うか、という普遍的な話。折り合いのつけられない状況の中、どのようにして互いの価値観を認め合うかを描いています。

「こんな奴、嫌いになれたら楽なのに」と思うような、どうしようもない相手に恋をしている・したことがある方におすすめ。本作品は2015年4月に全3巻で完結済み。気になる結末はぜひご自身で見届けてみてはいかがでしょうか。

 

www.amazon.co.jp

【センチメンタルギャグ漫画】この世界にあなたとわたし、ふたりぼっちの日常 施川ユウキ「オンノジ」感想

今回取り上げるのは、シュールでセンチメンタルな非日常系4コマ作品「オンノジ」です。作者は「バーナード嬢曰く。」「鬱ごはん」などで知られる施川ユウキさん。

 

f:id:hotori1116:20151119024727j:plain

 

僕は結婚している それはただの「ごっこ」かもしれないけど

自分にとっては歴史的偉業だ

だから もし このまま世界が終わってしまったとしても ハッピーエンドだ

 

ある日突然、世界から人がいなくなり、ひとりきりになった少女・ミヤコ。
少し奇妙な無人の街で過ごすうち、”何か”の存在に気付いたミヤコは
それをオンノジと名付けてー。笑ったり、驚いたり、そして泣いたり。
非日常世界で暮らす少女とオンノジの日常4コマ。 

 

過去の記憶がすっぽり抜け落ちているミヤコは、電気も通じるし食料にも困らないけれど、自分以外の人間がいない街で暮らしています。暇を持て余す中、ミヤコはいつのまにかピンクフラミンゴになっていた元中学生少年と出会い、彼をオンノジと名付けます。広い世界で共通のさみしさを抱えて過ごしていたミヤコとオンノジは、いつしか互いを大切に思うようになります。ふたりは結婚することになり、無人の街で彼女らの自由で不安な日常は続いていくのです。

 

あらすじを読み返してもわけがわからないシュールなストーリーです。言葉遊びやボケとツッコミなど、くすりと笑える日常系ギャグ4コマが大部分を占めているものの、再度読み返したくなる、またしみじみと読ませるエピソードも組み込まれていておもしろかったです。SFミステリーや純文学のような読後感でした。

 

互いの存在を必要とする世界

 

ひとりぼっちだった世界が少しずつ開けて、ミヤコの心を占めるオンノジという存在のスペースがどんどん広がっていくところが良かったです。オンノジという他者に出会い、ひとりからふたりになってしまった後、再び世界に取り残されることを恐れるミヤコの不安が描かれたコマはあんまり切なくてぐっときました。

 

もしオンノジが突然死んでしまったら せいいっぱい想像してみた

この背中はただのはく製の背中 こっそり涙を背中の羽にしみこませる

これは死なない魔法 たくさんしみこませれば より魔法は強く効く

涙が止まらなくなった

 

ふたりだけの世界で繰り広げられるゆるやかな甘い日常風景に、突如投げ込まれるしんみりしたエピソード、その落差につい心が震えてしまいます。

 

ふたりのしあわせな結婚生活

 

中盤からはふたりのごっこ遊びのような結婚生活が描かれるようになります。制約のない世界で、自由に好きなことをして暮らすふたりの生活は拠り所がなく不安定です。ミヤコは今の世界が夢で、本当の自分はどこか別の場所にいるんじゃないかと考えたり、最初から全部自分ひとりの妄想なんじゃないかと不安になって泣いたりします。

 

夢みたいな生活がいつまでも続くはずがないとふたりが知っていて、物語がいつか終わってしまうことを恐れているようにみえるところがわたしたち現実世界の人間の抱く曖昧な不安とつながっているように感じて興味深かったです。

 

まとめ

 

物語の最後に描かれるのは、いつの間にか変わってしまった世界で、大切な人とつくりだしていく未来への希望でした。世界は理解できない謎に満ちているけれど、幸せな明日はなんとかつくっていけるかもしれない。センチメンタルで純真なメッセージが不安な心に元気をくれます。日常的に続いていく孤独と不安を感傷的な明るさで描いてみせた、唯一無二の傑作4コマです。

 

www.amazon.co.jp

【おべんとうと地理学の世界】オーバードクターと中学生の不思議な同居生活「高杉さん家のおべんとう」感想

今回は柳原望さんの「高杉さん家のおべんとう」を紹介します。地理学専門のオーバードクター男性(30)と両親を失った女子中学生(12)の交流を描く作品。体の芯まで冷えてしまいそうな寒い冬の夜に読んでほしい、心あたたまるハートフルコメディです。

 

f:id:hotori1116:20151116195726j:plain

 

あらすじ

博士号は取ったものの無職で大学の研究室にいる温巳(はるみ)は未来への見通しもつかないまま日々を過ごす31歳。ある日歳若い叔母の美哉が急逝し、12歳の従妹・久留里くるり)を引き取る事に。他人に心を開かない久留里との共同生活。ふたりが近づくきっかけは「おべんとう」だった。

 
二人をの心を通わせる「おべんとう」

要領が悪くてうだつのあがらなそうなポスドクの温巳。フリーターのような身分の彼の心は日々未来への不安でいっぱいです。一方、久留里は無口で無表情、クラスでも友達をつくらず一人で浮いているような美少女です。コミュニケーションに難のありそうなふたりの共同生活が上手くいくはずもなく、無愛想な従妹と少しでも距離を縮めるため、温巳はおべんとう作りに奮闘します。

 

f:id:hotori1116:20151116195527j:plain

(「高杉さん家のおべんとう」p44)

 

久留里が母親につくってもらっていた「ハンバーグ」に取り組む温巳ですが、ソースの味がいまいち決まりません。研究者であるがゆえに、リサーチ能力と持久力が並大抵ではない彼は、深夜に自転車で街を駆け巡りながら同僚の家をピンポンして回ったり、他人の庭から山椒の枝を手づかみで採取したり…。そして翌朝、苦労して作ったハンバーグを食べた久留里のしあわせそうな笑顔を見て、達成感と喜びに浸るのでした。

 

おべんとうに喜ぶ「久留里」のかわいさ

f:id:hotori1116:20151116195537j:plain

(「高杉さん家のおべんとう」p24)

 

普段感情の起伏が読み取りづらい分、ふとした瞬間に見せる久留里の素直な笑顔に、温巳同様、心を奪われそうになります。周囲には「冷たい」「怖い」と誤解されやすいけど、ほんとうは不器用なだけ。料理なんてほとんどしたことがないくせに、同居人の温巳に一生懸命おべんとうをつくろうとする彼女はやっぱり年相応の中学生の女の子。食材の値段にシビアだったり、出かける際にはコンセントを抜いたりするところが不自然にしっかりしていてかわいいです。

 

研究者のフィールドで語られる「おべんとう」

おべんとう漫画の主人公がポスドク(しかも地理学)というのは、変わった人物設定だと思います。よく知らなかった研究者の事情が垣間見えるのが新鮮でした。フィールドワークとは何か、教授との不思議な上下関係について、学会での発表など、研究畠の話が細かく描かれています。また、研究者らしい論理的な考え方で久留里のおべんとう作りに取り組む姿勢がコミカルでおもしろかったです。

 

作品のメインテーマはお弁当を通した家族の交流だはあるものの、研究者を志望する主人公のエピソード、久留里の学校生活や同級生間での揉め事のエピソードなど、それぞれの登場人物の話が少しずつ絡みながら展開していくところが良かったです。

 

f:id:hotori1116:20151116195532j:plain

(「高杉さん家のおべんとう」p117)

 

印象に残った温巳のモノローグ

「1年先 2年先はわからないけど 少なくとも明日の昼飯は何とかできる 考えて工夫して充実させることができる
ほんの少し未来を作ることができるのなら そのまた先もそのほんの先もその先も きっと何かできることはある」

 

最後に

作中で語られているのは「互いに歩み寄ること、思いやることの大切さ」という普遍的なテーマです。少しずつ距離を縮めて、家族になっていくふたりの様子が丁寧に描かれており、静かな感動があります。(あらすじには「ラブ」とありましたが、その要素はそこまで強くないように思います。)

小さい頃母につくってもらっていたような、なつかしい味のお弁当がたべたくなる、ほのぼのあったかコメディです。よかったらお手にとってみてください!

 

www.amazon.co.jp

【心をえぐるラストシーン】小さくなった僕の彼女「南くんの恋人」感想

今回ご紹介するのは内田春菊さんの「南くんの恋人」です。本作は何度も映像化されており、現在第4期のドラマがフジテレビにて放送中です。ずっと読みたかった原作の感想をネタバレ込みで綴ります。(原作と映像作品は別作品ではないか?というくらいのズレは生じていると思います、読まれる際は個人のご判断でお願いします

 

f:id:hotori1116:20151114015527j:plain

 

あらすじ

高校生のちよみの身体が、ある日突然小さくなってしまった。原因はまったく不明だ。恋人の南くんとの不思議な同棲の様子を淡々と、しかし、切なく甘く描く内田春菊初期の代表作。発表当時、ラスト・シーンが喧々囂々の話題となったこの作品は、時代を超越し、いまなお、マンガ史上に輝く傑作恋愛作品といえる。

 

変化していくちよみと南くんの関係性

ちよみがなぜ小さくなったのか、その理由は誰にもわからないまま物語は進んでいきます。小さくなったちよみは恋人の南くんの家に居候中。食べ物を用意してもらい、服をつくってもらい、お風呂やトイレの処理まで世話してもらうちよみ。本来なら女子高生の彼女は、南くんなしでは生きていけません。ごくふつうの「彼女」と「彼氏」だったふたりは、まるでご主人様とペットのような、歪すぎる関係に変化していきます。

 

f:id:hotori1116:20151114014952j:plain

(「南くんの恋人」、p83)

 

男子高校生の性欲

南くんは健康な男子高校生、持て余す性欲のはけ口がちよみではいけません。彼女はドールのような姿で、倒錯的な熱情を抱くことがあってもそれを「実践」することはできないからです。そのストレスで南くんはつい同い年の妖艶なクラスメイトのことが気になってしまい、いつ浮気してもおかしくない状態に。

 

だけどちよみには南くんしかいません、彼女の世界は「南くん」だけなのです。そんなちよみをかわいそうに思うと同時に、愛しく思う南くん。そうだ、たとえこのままセックスできなくても、大事な彼女であることには変わりがない。憐憫と愛情と性欲の間で、南くんの感情はゆらゆら揺れ動くのです。

 

f:id:hotori1116:20151114014243j:plain

(「南くんの恋人」、p55)

 

誰にも知られてはいけない彼女の「秘密」

小さくなったちよみの姿を他人に見られてしまうことは許されません。ちよみが研究対象にされてしまうと、ふたりは一緒にいられなくなってしまうからです。しかしちよみの姿が周囲からひた隠しにされてしまった結果、ふたりはどんどん社会から疎外されていくことになります。まだ高校生のふたりの抱えた秘密は大きすぎるのに、誰にも悩みや葛藤を話すことができないし、手を伸ばすことのできる相手はたったの一人もいないという、そんなおそろしい閉鎖的状況に反したほのぼのとかわいい絵柄はかなり不気味です。

 

f:id:hotori1116:20151114015107j:plain

(「南くんの恋人」、p162)

 

そしてきっとこのラストしか物語を飾れない

唐突な「ちよみ」の死によって物語は終結します。ふたりで旅行に行った帰り道、車に轢かれそうになって崖から落ちてしまう南くん。ポケットに入れたちよみはその時の衝撃であまりにもあっけなく死んでしまいます。

 

f:id:hotori1116:20151114014205j:plain

(「南くんの恋人」、p187)

 

彼女の残した言葉は「おうちにかえりたい」、ただそれだけ。彼女の死は両親にすら伝えることができないのに、南くんはこれからたった一人で生きていかなければならないのです。心理的に共依存状態にあったふたり、ちよみに取り残された南くんの心情を思うと胸が張り裂けそうになります。

 

最後に

 

f:id:hotori1116:20151114014214j:plain

 

南くんとちよみは完璧ではありません。まるで生きている人間のように、善と悪の間を振り子のように行き来します。彼らの行動や感情の変化に日常と地続きのリアルがあるからこそ、このラストはただただ切なさがこみ上げます。しかし同時に、この終結の方法にひどく納得したのは、ちよみと南くんの関係に、このラストシーンはあまりに似合いすぎたからです。対等でいられないふたりは、いつまでも均衡を保つことができません。ちよみは一人では生きていけない。けれどまた、ちよみを失わないことには、南くんの未来はあり得なかったでしょう。

 

内田春菊という作家は、行ったり来たりして徐々にバランスを崩していくごくありきたりな恋愛の話を、どうしてこんなに切なく描けるんだろうと思いました。間違いなく傑作。エモーショナルを爆発させたい方、ぜひ読んでみてください。

 

www.amazon.co.jp